日記の投稿スクリプトを改修した。Obsidian の前付けにタグを書くことが出来るため、#diary
というタグを本文では無く、前付けに書くようにした。以前はタイトルの下にタグを書くという独自ルールを設定していたため、まずタイトルを読んだ上で、タグを読み飛ばして本文を抽出するという事をしていたが、これで単純に前付けだけを読み飛ばせば良い事になる。そもそもメタ情報はメタ情報として分離した方が良いので他の記事では徐々にタイトル下のタグを前付けへと移動させていたのだが、日記だけは投稿スクリプトとの兼ね合いの都合上、導入が遅れていた。
ちなみに Obsidian の前付けはエイリアスを張るのにも使えたりと思ったより便利な事が判明している。例えば記事の実体である Markdown ファイルをスクリプトやターミナルで扱いたい時に、ファイル名に記号や全角文字が含まれていると嫌な気分になるので、ファイル名は (文中から記事を生成するといった例外を除いて) 基本アルファベットと数字だけで統一し、検索性を上げるために記号や日本語を含むタイトルをエイリアスに指定するという事をしている。
今日は縦に長くなってきたトリビアを溜めている項目の整理と TypeScript の勉強をしていたら 1 日が終わっていたので Zettelkasten に書いた思考は特に無い。
はずだったが、先程の深夜徘徊でガラス越しに写った自分を見て思ったことがあるので書いた。
服がダサいという問題
俺の服装はダサい。これは 26 年半生きてきて一度も解決出来ていない深刻な問題だ。引きこもりかつ服装を気にしなくてはならないような場面も殆ど無いので問題ないと言えばその通りなのだが、ガラス越しに映る自分のダサさにようやく耐えられなくなっている。
問題意識を抱えたところで更に 1 つ問題がある。服に全く興味が沸かない。着たいと思う服が特に無いし服屋に入るハードルも高い。ただ、一度そういうのに慣れている友人に連行されてやっと入る事が出来たのでそういうバイパス方法は存在する。無関心過ぎる故にこういった方法で安牌を適当に投げられたらそれを基準にし続ける可能性があり、思い切ってそういう基準を構築するためだけの回を何度か設けるのは有りかもしれない。
ひとまずは今持っているクソダサい服を年度末の引っ越しまでに処分してついでにまともな服を買う事を目指そうと思う。あと私の服飾アドバイスを兼ねて服屋に連行してくれる友人はいつでも募集してます。
(よく考えたら妹って存在が居たな、年に 2 回 LINE する1ぐらいなので完全に忘れてた)
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お互いの誕生日を祝うだけ ↩